後藤明生からの教訓
先日、文学フリマ35に後藤明生の講演CDを買いに行くため出掛けました。人混みはとても苦手なので出来れば行きたくないのですが、僕、後藤明生の声を聞いてみたかったので。前日、後藤明生の語りを聴きながら寝落ちする日々を想像するくらいには楽しみにしていました。
当日後藤明生のブースの前に立ち、いざ購入しようとCDを手に取ったあとブースに置かれていた本棚を一瞥し、500円で売られていた『小説—いかに読み、いかに書くか』と題された本をパラパラめくってみると、どこを開いても自分がかつて考えたこと、これから考えるべきであろうことが書かれていて、気付いたらCDと一緒に購入していました。アミダクジ式に脱線してしまった僕は、家に帰るとCDそっちのけでこの本を読み始め、ページをめくりたいと思わせる関心が途切れることなく続き、翌日の仕事時間中に軽くサボって公園に立ち寄り、読み終えてしまいました。いまから、この本から私がごく個人的に得た実践的な教訓を幾つか書いてみます。感想や魅力や意義について語ることにはあまり興味が湧かないのでその辺は他のブログや読書メーターをあたってくれると助かります。
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後藤明生から学んだ個人的な教訓について
1.芸術にふれるときはどのようにすればその作品を模倣できるか考えること
要するに「天才」ドストエフスキーも、「読む」ことから出発した(!)ということである。
しかも、青年時代、修業時代において、西欧先進国の文学に読みふけった彼(=ドストエフスキー)が、いざ自分で小説を書こうとしたときには、やはり「ロシア」のゴーゴリから、出発せざるを得なかったということなのである。(p.13)
2.作品を神話化するのではなく、その方法を分析しようと試みること
実際ゴーゴリの喜劇は、魔術か錬金術のように見える。しかしそれを、彼の「天才」だといってしまえばそれまでだろう。「神話」化してしまえば、分析することも一般化することも普遍化することも、タブーとなる。なるほどゴーゴリの小説は、魔術的であり、錬金術的である。しかしその魔術、錬金術には「方法」があった。そしてドストエフスキーは、その喜劇化の「方法」を読み取ったのである。(p.14)
3.作者が先行世代に学んだ変形・発展のさせ方をさらに後の世代のわたしたちが学ぶこと
この種の類似は、まだ他にいくつでも見つけることができる。そしてそれは、言うまでもなく、けっして偶然の類似ではない。あくまで宇野が、ゴーゴリから意識して取り入れた方法なのである。(p.115)
4.他者がいるということは自分とは異なる目を持つ人がいるということ、自分が見られる可能性にさらされていること、自分の見た風景が相対化されうること
そして私のいう「複眼」は、おそろしいかおそろしくないかは別として、「他人」にも目はある、という簡単な事実である。(略)
要するに「複眼」とは、相対化する目である。(p.89)
5.”そして”、”とつぜん”といった形容詞を書くことで文章の運動を立ち上げること
実際、接続詞とは、読んで字の如く、何ものかと何ものかを結びつける「媒介」である。それ自体の意味が、まったくないというわけではないが、何ものかと何ものかとを結びつけることによって、文章全体に不思議な変化をもたらす役割の方が、より大きい。(p.111)
6.日常そのものが異様なる世界であること、ときに文学がそれを隠蔽すること
「日常」とは別のどこかに、「異様」な世界があるのではない。日常そのものが、異様なる世界なのである。(p.212)
後藤:要するに小説というものは、特に散文の言文一致小説というものは、美文的であってはいけないというひとつの美学、いわば反美学的美学があるわけですね。
(略)
蓮實:つまり、リアリズムがグロテスクになっちゃう。
後藤:そうなんです。ですから、即物的に書こうとすることが、グロテスクみたいになってくるということでしょうね。
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『小説—いかに読み、いかに書くか』のエピローグで後藤明生は次のように語ります。
この本はプロローグに書いた通り、読者それぞれが自分の『外套』を発見するための、サムシングである。その「サムシング」をどう読み取るか、それは読者の自由に属する。そして、そうやって読み取った「方法」が、すなわち書く「方法」ということになるのだと思う。
僕はこんな感じで読み取ったのですが、いかがでしょうか後藤さん。